やぎさわ便り八木沢里志 公式サイト

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2025.11.27 Thu.

白菜のやさしさ

買ってきた白菜を切ると、
断面のきれいさに毎回少し感動する。
黄緑から白へ、白からまた薄い黄緑へ。
濃淡のリズムが、うっすら音楽みたいに見える。

鍋に入れる前にしばらくその美しさについ見惚れてしまう。
それから、そっと鍋に入れる。

白菜って、冬のやさしさを全部引き受けている野菜だと思う。
火にかけると甘くなって、スープに溶け込んで、
最後の一滴まで「ぬくもり」を残していく。

鍋を煮込みながら、「人も白菜みたいになれたらな」と思った。
じんわり、やさしく、最後まであたたかい存在に。
うん、でもこれは結構ハードルが高そうですね。

2025.11.25 Tue.

風の輪郭

朝の空気が、急にぴりっと硬くなった。
散歩中に歩きながら頬に当たる風が、輪郭を持ち始めた気がした。
秋が薄れて、冬のはじまりに入るときの、あの感覚。

歩道の落ち葉も、どこか力なく転がっている。
夏の頃あれほど勢いよく踊っていたのに、今は息をつくみたいに静かだ。

信号待ちで見上げた空は、やたら高く、薄い灰色で、
「冬の準備、始まりました」の合図のようだった。

そんな空気を吸い込みながら、
「季節って、急に本気を出すよな」と思う。
こちらも、そろそろ冬用の「心の姿勢」に切り替える時期のようです。

2025.11.23 Sun.

ジウの冬じたく

いつものように朝の散歩に出ようとしたら、ジウが庭に通じる窓の前で座り込み、微動だにしなかった。
リードを見せても動かない。
どうやら「今日は寒すぎるし散歩はパス」という意思表示らしい。

とはいえ、だいたいあとになってから行きたがるのがジウというやつ。
なのでちょっと強引に抱き抱えて、リードをつけて連れていく。

外へ出てみる。
空気がひんやりしていて、ジウは目を細めたまま、まったく歩こうとしない。
近所のおばさんに「今日は寒いもんねぇ」と笑われ、ジウは「な?言っただろ?」と言わんばかりに尻尾を揺らした。

数分後、観念して帰宅すると、ジウは即座にエアコンの風の前に鎮座。
冬じたくの完了である。

猫は、季節の変わり目に正直だ。
その正直さも、嫌いになれないのですが。

2025.11.20 Thu.

影からの手紙

朝、カーテンを開けると、庭にのびた影がいつもより長くなっていた。
冬までの助走期間みたいに、影がゆっくり伸びる。

猫たちと一緒に外に出て、その影の中に自分の足が入り込む。
ほんの数センチの話なのに、妙に季節を感じてしまう。
「影って、季節からの手紙だな」と思った。
新しい季節の始まりを教えてくれる。

猫が尻尾を揺らしながら駆け回ると、影もひらひらと揺れる。
二人三脚みたいに、勝手に寄り添ってくれるのが可笑しい。

昼過ぎには、小さな風が吹いていた。
とても冷たい風だ。
何も言わずに季節だけが進んでいる。
そんな静かな変化に気づけるときって、
心がちょっとだけ柔らかくなっている気がする。

2025.11.15 Sat.

失敗の国

どうやら僕は、「失敗の国」の永住権を持っているらしい。
コーヒーをこぼし、メールを間違え、駅をひと駅乗り過ごす。
昨日はスーパーに行くにのに財布を忘れ、今日はレストランに傘を忘れた。
つまり、安定した生活。

昔は落ち込んだ。でも最近は、「失敗してる=生きてる」証拠だと思うようになった。
完璧な人は緊張している。
失敗できる人は、ちゃんとリラックスしている。たぶんだけど。

そう思うと、人生はだいぶ楽になる。
というわけで今日も僕は、失敗の国の住人として堂々とコーヒーをこぼした。
しかも白いシャツに。
ええ、ショックでしたとも。

2025.11.12 Wed.

ねこがいない

ねこがいない。
どこにもいない。
さっきまでいた場所にいない。
まさか、庭に出したまま気づかず窓を閉めてしまった?
塀を越えて、どこかに行ってたらどうしよう。

探し回って10分後、ウォーキングクローゼットの奥の奥で、光る瞳。
いや、そんなところにいたらさすがにわからんわ。
しかし、ねこは「何か用か?」というすまし顔でこちらをみてくる。
こっちは下僕として必死だったのに、いい気なもんじゃないの。

2025.11.10 Mon.

コーヒー豆をこぼす日

朝、豆を挽こうとして、派手にキッチンにぶちまけた。
まあ、僕にはよくあることなので、妻は驚きもしないけど。

黒い粒が床の上でコロコロ転がり、
まるで小さな反乱軍のように散っていく。

掃除機を持ってくる途中、なぜか笑いが込み上げてきた。
豆が転がる音って、意外と軽やかだと思った。
こっちは慌ててるのに、豆は楽しそうに逃げていく。

ようやく全部拾って、数粒を捨てる前に、
「お前たち、いい香りじゃないか」と声をかけた。
気のせいか、ほのかに返事をされたような気がした。

やっと淹れたコーヒーを飲みながら、
「こぼす」と「こぼれる」は全然違う言葉だなと思う。
前者には焦り、後者には自然がある。
今日のは完全に「こぼれる日」だった。
まあ、そんな日もある。いい香りだったし。

2025.11.08 Sat.

スリッパの裏の人生

朝、スリッパを履いた瞬間に違和感があった。

裏のフェルトが片方だけはがれかけて、ペロンとめくれている。
歩くたびに「ペタ、ペタ」と音がする。
たったそれだけで、なんとなく人生が間抜けに感じる。

直せばいいのに、面倒でついそのままにしてしまった。
そのうち慣れてきて、「ペタ、ペタ」という音が
ちょっとした生活のBGMになってくる。

台所でコーヒーを淹れる間、
この「中途半端な不具合」に思いを馳せた。
人も物も、完璧じゃないときのほうが、妙に愛嬌がある。
たぶん、ちょっとズレてるくらいが落ち着くのだ。

昼過ぎ、ようやく修理を思い立ち、
接着剤でフェルトを貼り直した。
静かになった足元に、少し物足りなさ。
さっきいまでのペタペタ音が恋しいなんて、勝手なもんです。

2025.11.06 Thu.

冷蔵庫のドアが閉まらない夜

深夜、のどが渇いて冷蔵庫を開けたら、
なぜかドアが閉まらない。
寝ぼけているので、何度もガコガコやってしまった。
それでも全然閉まらない。
仕方なく中を丁寧に見ると、ドレッシングがやけに斜めに置かれている。

一ミリ動かしてみる。
パタン。あっけなく閉まった。

たったそれだけのことなのに、
「人生ってこういうことかも」とか思ってしまう。
あるいは、小説を書くということも。
少しの角度がずれてるだけで、うまく閉まらない。
心のドアも、似たようなものかもしれない。
丁寧に見て、ちょっとだけ直せばいいのに、それが難しい。

冷たい空気が逃げる前に、そっとドアを押さえて、
「おやすみ」とつぶやき、ベッドへ消えましたとさ。

2025.11.04 Tue.

モンステラの沈黙

書斎の窓際のモンステラが、また少し葉を広げた。
多分自分が普段、ちゃんと見ていないのだろう。
久しぶりにちゃんと見ると、とんでもない急成長をしていることがある。
まるで“今だ”と決めていたかのように。

植物には「間」がある。
何も起きていないように見える時間に、きっとなにかが育っている。
人間が焦っているときほど、彼らは静かにしている気がする。

伸びた葉を見て、僕も少し背筋を伸ばす。
急がないのに、ちゃんと進んでいる。
それって、案外すごいことだなと思う。