やぎさわ便り八木沢里志 公式サイト

english
english

2025.12.06 Sat.

小さな鍋の夜

夜ごはん、今日は小さな鍋にした。
白菜と豚ときのこだけの、素朴なやつ。
でも、湯気が立ちのぼるだけで、
部屋の空気がやさしくなる。

鍋って、食事というより“儀式”に近い。
ふたりで箸を伸ばして、
どちらともなく火加減を調整して、
「そろそろかな」と目で合図を送り合う。

味がどうこうじゃない。
手間もほとんどかかっていない。
なのに、不思議なくらい満たされる。

食べ終わったあと、
小鍋の底に少しだけ残ったスープを眺める。
そこに一日の余白が溶けているようで、
なぜか心が静かになる。

冬の入り口には、鍋がよく似合う。
また近く、鍋にしよう。

2025.12.04 Thu.

距離感の上手な人

最近、「距離感の上手な人」にひそかに憧れている。
必要以上に踏み込まず、でも離れすぎず、相手が心地いいと感じるところに静かに立ってくれるような人。
そういう人と話すと、不思議とこちらの呼吸もゆっくりになる。

先日、近所の人と立ち話をしたときがそうだった。
話の内容はほんとうに他愛ないことで、「寒くなりましたね」とか「猫ちゃん元気ですか」くらい。
それなのに、終わって歩き出したあと、なぜか心がふっと軽くなっていた。

たぶん、相手の「踏み込まない優しさ」に触れたからだと思う。
人は誰でも、自分がどれだけ疲れているか自覚していない時がある。
そんなときに、絶妙な距離で寄り添われると、体の中の緊張が一段階ゆるむ。

人間関係って、会話の内容より「どんな距離に立つか」の方がよほど影響するんだろう。
あの立ち話のおかげで、その日はずっと機嫌がよかった。
距離のセンスって、目には見えないけど、本当に大事なものだと思う。
自分も「距離のセンスのいい」人間になりたいものです。
いっそ来年の目標にしてみようかしら。

2025.12.01 Mon.

心の温度計

最近、自分の心にも温度があるなと思う。
体温みたいにはかれないけれど、たしかに“あ、今日はちょっと冷えてるな”みたいな瞬間がある。

たとえば、朝起きて外の空気が冷たく感じる日って、だいたい心もガタガタしている。
人の言葉に敏感になったり、昔の失敗を思い出してしまったり。
そんな日は「まあ、今日は冷えてるんだな」と思うことにしている。
冷えてるから悪いとか、弱いとか、そういう話じゃなくて、ただの状態だ。

逆に、心があったかい日は、世界の見え方もゆるい。
猫が足元に来ただけで一日良くなるし、散歩中に風が吹いても「お、気持ちいいな」と思える。
こういう日は特に何もしなくても機嫌がいい。

心の温度を上げる方法も、少しずつ覚えてきた。
湯船にゆっくり浸かるとか、好きな音楽をかけるとか、猫のお腹を触るとか。
小さなことで、けっこう変わる。

だから最近は、心が冷えている日は無理に動かないことにしている。
冬の日に厚着するのと同じで、心にも「温め方」が必要なんだと思う。
その感覚を覚えてから、なんだか毎日がちょっと扱いやすくなった。
心はレンジでチンとはいかないからね(なんだ、その締め方は)。

2025.11.29 Sat.

干し芋の誘惑

スーパーで干し芋が山積みになっていた。
秋が深まると、急に食べたくなるやつ。
しかも今年はちょっとやわらかそうで、見るからに当たりの気配がした。

家に帰って、袋を開けてひと切れ口に入れた瞬間、
思わず「うま…」と声が漏れた。
噛むほどに甘くて、
口の中がしずかに満たされていく。

干し芋って、派手じゃないのに心をつかむ。
食べていると、空気までゆっくりになる気がする。

気づけば半分なくなっていて、
「これは危険だ」と大慌てで袋を閉じた。
でも閉じた袋を、しばらく眺めてしまう。
また誘惑されるのがわかっているのに。

冬は、食べ物のやさしい罠が多い季節でもあるよなあ。
悩ましいです。

2025.11.27 Thu.

白菜のやさしさ

買ってきた白菜を切ると、
断面のきれいさに毎回少し感動する。
黄緑から白へ、白からまた薄い黄緑へ。
濃淡のリズムが、うっすら音楽みたいに見える。

鍋に入れる前にしばらくその美しさについ見惚れてしまう。
それから、そっと鍋に入れる。

白菜って、冬のやさしさを全部引き受けている野菜だと思う。
火にかけると甘くなって、スープに溶け込んで、
最後の一滴まで「ぬくもり」を残していく。

鍋を煮込みながら、「人も白菜みたいになれたらな」と思った。
じんわり、やさしく、最後まであたたかい存在に。
うん、でもこれは結構ハードルが高そうですね。

2025.11.25 Tue.

風の輪郭

朝の空気が、急にぴりっと硬くなった。
散歩中に歩きながら頬に当たる風が、輪郭を持ち始めた気がした。
秋が薄れて、冬のはじまりに入るときの、あの感覚。

歩道の落ち葉も、どこか力なく転がっている。
夏の頃あれほど勢いよく踊っていたのに、今は息をつくみたいに静かだ。

信号待ちで見上げた空は、やたら高く、薄い灰色で、
「冬の準備、始まりました」の合図のようだった。

そんな空気を吸い込みながら、
「季節って、急に本気を出すよな」と思う。
こちらも、そろそろ冬用の「心の姿勢」に切り替える時期のようです。

2025.11.23 Sun.

ジウの冬じたく

いつものように朝の散歩に出ようとしたら、ジウが庭に通じる窓の前で座り込み、微動だにしなかった。
リードを見せても動かない。
どうやら「今日は寒すぎるし散歩はパス」という意思表示らしい。

とはいえ、だいたいあとになってから行きたがるのがジウというやつ。
なのでちょっと強引に抱き抱えて、リードをつけて連れていく。

外へ出てみる。
空気がひんやりしていて、ジウは目を細めたまま、まったく歩こうとしない。
近所のおばさんに「今日は寒いもんねぇ」と笑われ、ジウは「な?言っただろ?」と言わんばかりに尻尾を揺らした。

数分後、観念して帰宅すると、ジウは即座にエアコンの風の前に鎮座。
冬じたくの完了である。

猫は、季節の変わり目に正直だ。
その正直さも、嫌いになれないのですが。

2025.11.20 Thu.

影からの手紙

朝、カーテンを開けると、庭にのびた影がいつもより長くなっていた。
冬までの助走期間みたいに、影がゆっくり伸びる。

猫たちと一緒に外に出て、その影の中に自分の足が入り込む。
ほんの数センチの話なのに、妙に季節を感じてしまう。
「影って、季節からの手紙だな」と思った。
新しい季節の始まりを教えてくれる。

猫が尻尾を揺らしながら駆け回ると、影もひらひらと揺れる。
二人三脚みたいに、勝手に寄り添ってくれるのが可笑しい。

昼過ぎには、小さな風が吹いていた。
とても冷たい風だ。
何も言わずに季節だけが進んでいる。
そんな静かな変化に気づけるときって、
心がちょっとだけ柔らかくなっている気がする。

2025.11.15 Sat.

失敗の国

どうやら僕は、「失敗の国」の永住権を持っているらしい。
コーヒーをこぼし、メールを間違え、駅をひと駅乗り過ごす。
昨日はスーパーに行くにのに財布を忘れ、今日はレストランに傘を忘れた。
つまり、安定した生活。

昔は落ち込んだ。でも最近は、「失敗してる=生きてる」証拠だと思うようになった。
完璧な人は緊張している。
失敗できる人は、ちゃんとリラックスしている。たぶんだけど。

そう思うと、人生はだいぶ楽になる。
というわけで今日も僕は、失敗の国の住人として堂々とコーヒーをこぼした。
しかも白いシャツに。
ええ、ショックでしたとも。

2025.11.12 Wed.

ねこがいない

ねこがいない。
どこにもいない。
さっきまでいた場所にいない。
まさか、庭に出したまま気づかず窓を閉めてしまった?
塀を越えて、どこかに行ってたらどうしよう。

探し回って10分後、ウォーキングクローゼットの奥の奥で、光る瞳。
いや、そんなところにいたらさすがにわからんわ。
しかし、ねこは「何か用か?」というすまし顔でこちらをみてくる。
こっちは下僕として必死だったのに、いい気なもんじゃないの。