寒くなってきたので、妻に「鍋が食べたいな」とリクエストしてみた。
普段、パスタや炒め物などはわりと自分で作るのだけど、鍋となると、なぜかまったくやる気が起きない。
野菜を刻んで、出汁をとって、淡々と煮込む。料理というより、儀式のような気がしてくる。
鍋というのは、誰かが作ってくれるもの――勝手にそんなイメージがある。
子どものころ、風邪を引いた日の夕食がたいてい鍋だったのも影響しているのかもしれない。
薬よりも、母の鍋。ぐつぐつと煮えた白菜の甘さと、薄切りの豚肉のやわらかさに、体の奥がふっとゆるんでいく。そんな「思い出の味」には、なかなか自分では近づけない。
食卓に鍋が出てくるだけで、今日はもう頑張らなくていい気がしてくる。
栄養も、ぬくもりも、湯気の向こうから静かに差し出されているようで。
「鍋、ありがたいね」と言うと、妻も「たまにはいいよね」と笑った。